2012年5月1日火曜日

特撮における怪人&怪獣等のデザインの変化について

特撮における怪人&怪獣等のデザインの変化について

特撮の歴史は、登場するヒーローとモンスターのデザインの歴史でもあると思う(あくまで個人的な主観です)のですが、中でも敵であるモンスターのデザインは、ある時期を境に大きく変わったような気がします。



そこで特撮作品に詳しく、モンスターやクリーチャ―などのデザインの変化に詳しい方に質問しますが、一体どの辺りから劇的に変わったのでしょうか?



きっかけになった作品やその年代と、その前後のキャラクターデザインの違いの理由や解説をして下さい。



より詳しく説得力のある御解説を頂いた方をBAにさせて頂きます。



出来れば等身大ヒーローと巨大ヒーローの両方で解説をお願いします。



ただしヒーローのデザインは解説しなくても結構です(あくまで敵のモンスター限定です)。







怪獣…というか巨大怪物は元よりモチーフのわかりにくいのが多いように思うので、それよりはモチーフのわかりやすい者の多い「怪人」の話ですが、私見では、昭和57~58年放送の『宇宙刑事ギャバン』後半あたりから変わっているような気がします。

ギャバンでは初めのうちは(特定のモデルがないと思われる「ダブルマン」達はこの際論外として)「実在の生物をモデルにした」怪人ばかりでしたが、全44話中の25話あたりから、「ジャアクダブラー」「マジックダブラー」「ケイビダブラー」等々の 「抽象概念を怪人化した(?)」というか「何の怪人かわからない」ものが幅をきかすようになっているので、その辺が分水嶺だったのではないか?と思います。

続く『宇宙刑事シャリバン』『宇宙刑事シャイダー』では更に顕著になり、生物モチーフの怪人の方が少ないので(まあ、例えばシャリバンに 見た目は明らかにカメレオンなのに名前は「シカケビースト」などというのも、いますが)、やはり『宇宙刑事ギャバン』が分水嶺だったのではと思います。



スーパー戦隊に目を向けると、ギャバンと同時期の『大戦隊ゴーグルV』 シャリバンと同時期の『科学戦隊ダイナマン』では生物モチーフの怪人ばかりだったのが(因みにゴーグルの前のサンバルカンでは、生物モチーフが大半、物モチーフが少し、概念モチーフ(?)がごく一部、です)、その次の『超電子バイオマン』では(尤も、これは等身大怪人ではなく「巨大メカ」の話になるのですが)特定のモチーフがないと思われるものが増えています。

更にその次の『電撃戦隊チェンジマン』に至っては 名前だけでは何の怪人なのかわからないものが大半になっていますし、(実はスーパー戦隊の映像を一切持ってないので、本でなのですが)姿を見ても「何の怪人だ…?」というものばかりです。



よってやはり、宇宙刑事シリーズが分岐点になったのではないかと、思います。





余談ですが、『仮面ライダーBLACK』や『超人機メタルダー』の頃…つまり昭和62~63年位に講談社から出た『ビジュアル全集 秘密戦隊ゴレンジャー ジャッカー電撃隊』という本に、飯塚昭三・依田英助・丸山詠二の3声優の座談会が載っています。その中で、誰だったか忘れましたが、「最近は<唸り声を上げるだけ>の怪人が増えていて、演じる側としては面白みに欠ける」と言っています。

その「最近」というのを 何年位のつもりで言ったものなのかわかりませんが、3氏共宇宙刑事3作に関係していますし、ギャバンはまだしもシャリバン、シャイダーでは 確かに台詞のない怪人が大半を占めていた記憶があります(実は前2作は昔ダビングしたにもかかわらずそれを消去し、シャイダーに至っては子供の頃リアルタイムで観たきりなのですが…)。

デザインの変化 モチーフの変化と、なにがしかの関係あるような気が、します。





☆昭和62年頃に勁文社から出た、『怪人怪獣ベスト600大百科』という本があります。怪人や怪獣等を分類して何体ずつか紹介した本で、「モンスター怪人」という項があります。その項に「最近増えてきたタイプの怪人」とか「モチーフ不明の者が多い」とかいう記述があったような気がし(実は ボロボロながらまだ持っているのですが、今どこにあるか、わからんのです…)、確か宇宙刑事の怪人が何体かあったような気がします。

長々と持論のように書きましたが、もしかすると、その本の記述が朧気ながら頭にあったから書けたのかも知れません。








最も顕著にそれが現れたのは映画「エイリアン」公開後のようです。あの辺りから「気持ち悪さ」が変わって来ています。

特に戦隊、メタルはもろ影響を受けています。

また、同時期、アメリカンコミックス調のイラストを得意とする板橋しゅうほう氏や、アニメ的テイストを持ち込んだ出渕裕氏等が参加し、且つこの次期辺りからウルトラマンや仮面ライダーをリスペクトしたスタッフが参入し始めています。

更に品田冬樹氏に代表されるような「マニア発進」の造形家もデビュー。1980年代中、後半はこれらのメンバーが従来のデザインを継承、昇華させています。

実際にはどこまで影響があったかは定かではありませんが、最近復刊された旧朝日ソノラマ出版の「宇宙船」がこの変化の中心にいるような気がします。私も創刊時からの読者です。品田冬樹さんなど、まだアマチュアでしたし…

これらの方々は既に御大の域に入っていますので、それに影響を受けたスタッフが更に変化をもたらせているようです。



具体的な数字を入れ忘れていました。

エイリアン公開が1979年。

板橋しゅうほう氏は同年のバトルフィーバーJに参加。

出渕裕氏は1981年のロボット8ちゃんを経て1983年ダイナマンでメインに。

後、ギャバン(1982)の増尾隆之さんを忘れていました。

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